108の足し算

 

 

 

「そうだ、私のカウント終わりって18じゃないんだ」
そうつぶやいたさちえの言葉に、そばにいたゆうき、さゆりの顔が凍り付いた。

 

 

 

ここは文京区小石川の由緒あるお寺、傳通院のご本堂。2018年も終わりに近づこうというその日、「太陽礼拝108回」というヨガイベントを開催していた。この日、講師として登場したヨガインストラクターは、神楽坂ホリスティック・クーラ アクティブケアスタジオを代表するこうた、もえじゅ、さゆり、さちえ、ゆうき、ゆうこ、の総勢6名。108回の太陽礼拝を各々18回ずつ、交代で誘導していく。各インストラクターは、誘導する時、手にカウンターを持ち、太陽礼拝の回数をカウント、自分の回数が終われば、次のインストラクターにカウンターを渡して、バトンタッチ、というわけだ。

つまり、各インストラクター、特に、2番手から5番手のインストラクターは、カウンターがいくつになったら、次の担当にバトンタッチするかをきちんと把握しておかねばならない。要するに、こう。

 

 

年末に、600年の歴史を持つ由緒あるお寺で太陽礼拝108回を誘導する貴重な機会。お客さんも楽しみにしてくれている。さまざまなスタジオでたくさんのレッスンをこなしてきた彼ら、彼女らにとってもこの日は特別。打ち合わせ、動き確認のリハの後、本番に向けて、各自、誘導の練習を重ねてきた。ポジションは大丈夫か、いかにお客さんに満足してもらえるか、タイムコントロールは大丈夫か、カウントも正確に18回で。そう、カウントは常に1~18回で。

 

さちえが冒頭の言葉をつぶやいたのは、まさに2番手のもえじゅが、太陽礼拝を誘導していたその時。常に1~18回のカウントで練習していたさちえは、自分はカウンターの数字がいくつになったらバトンタッチするかを考えていなかった。凡ミスだ。でも気づいてよかった、すぐに確認しよう。しかし、今まさに誘導しているもえじゅは自分が交代する数字をわかっているだろうか? いや、普段てきぱきと仕事をこなすもえじゅ。落ち着いて誘導しているその様子からして、わかっているに違いない。もし、わかっていなければ、、、さようなら、もえじゅ。

 

慌てるさゆり、ゆうきをよそに、さちえは連絡用に携帯していたスマホをすぐさま取り出し、電卓を起動。まずは3番手さゆりの数字。え~っと、さゆりは3番手だから18を3回足せばいいんだな。18+18+18とうつ。「18×3のほうが簡単ではないか、っていうか電卓必要??」そんなつっこみも彼女らには聞こえない。スマホの画面に「54」と出る。スマホは落ち着いている。「手に書いておきたい!」さゆりが小声で叫ぶ。さちえが携帯していたボールペンをすぐさま取り出すが、それはフリクションボールペン。紙に書くには修正もできて申し分ないが、手の甲に書くにはこの世で一番不向きなボールペンか。なかなか書けずにいるさゆりをよそに、次は4番手である自分の数字、+18を打つ。「72」。さゆりからボールペンを返してもらうや否や、自分の手の甲に必死で書く。う~ん、書けない。「私のは!!??」叫ぶように5番手ゆうきがせかす。小卒でもできる二桁の足し算の答えを求めて、大卒のインストラクターがスマホの電卓に群がる。さらに+18を打つ。「90」と出る。う~ん、なんか、考えてみれば当たり前だな。さちえは、このあたりでようやく気付いてきたが、それでも、ゆうきは必死で90の文字を手の甲に刻む。見ると、どこでそんなスキルを身につけたか、フリクションなのにかなりしっかり書けている。すごいぞ、ゆうき。

 

冒頭からここまでの出来事、時間にしてたぶん20秒くらい。

 

そして、

 

イベントは無事終了。

事なきを得た。

 

 

イベント終了後、もえじゅが放った一言を、私は一生忘れない。

「私、やってるとき、18+18は何なのかをずっと考えてました」

 

誰しも足し算ができなくなる瞬間が、あるのです。そう、きっとあなたにも。

※この物語は、そこそこノンフィクションです。実在の人物とも、まあまあ関係あります。

 

 

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